学研の『決定版太平洋戦争第3巻』

5月26日に、わたしが執筆担当した標題の雑誌が全国書店の店頭に出ました。わたしの著書ではありませんが、その出版を自分の本であるかのように楽しみにしていたものです。

学研の編集長から会いたいむねの電話があり、自宅でお会いしたのは1月26日(月)の午後のことでした。話の趣旨はこんな内容でした。学研すなわち学習研究社は、その名の通り、かつては旺文社や小学館に並ぶ学生相手のいわゆる学習書を出す出版社でしたが、ベネッセが登場してから、その分野での成績が振るわず、最近は歴史群像シリーズものの雑誌に力を入れているそうです。現在は、昨年12月に第1巻を出した『決定版太平洋戦争』に取り組んでおり、その第3巻が『「南方資源」と蘭印作戦』の名称で5月に出版予定とのことでした。ついては、パレンバンへの攻略を中心に、当時の日本軍が南方、とくにパレンバンに目をつけたのは何故だったのか、南方占領後の資源の活用状況はどうだったのか、といったような内容について執筆して欲しいとの依頼だったのです。要は、わたしの著書『石油技術者の太平洋戦争』(光人社NF文庫)と『陸軍燃料廠』(同上)とを合わせたようなことをお書き下さいとのことでした(上のBooksメニューから著書の紹介にいくことができます)。
それなら、すでに書いた内容で熟知していたし(と、自分では思っていました)、たいした手間ではなかろう、と二つ返事でお引き受けしたのです。それだけのことでしたら、あるいはたいしたことはなかったかも知れません。しかし、上記の内容に加えて、南方全体の資源のこと、また、陸軍に偏らずに海軍の状況にもふれてほしい。そして、石油精製や人造石油のこと、そしてオクタン価のことなど、石油全般についての執筆も、事の成り行きから引き受けてしまったのです。さらにわるいことに、原稿には締め切りがあり、以前の作品とは異なり、ノンフィクションとはいえ物語ではないので、記述内容はすべてウラを取ってほしいと、今までのように自分のペースで気軽に執筆するというわけにいかなかったのです。この点、あとになって、実際に直面してはじめて気付かされたことで、それが大きなストレスとなって、私にのしかかってきたわけです。先月記述した帯状疱疹は、まさにこのストレスと、原稿の追い込みのために1週間ほど徹夜したことが原因であり、たいへんうかつなことでした。

わたしが分担したのは以下の項目で、原稿用紙(400字詰)で約90枚ほどでした。

1.南方資源地帯の実相
     ・種類と産地
     ・重要資源の産出量
     ・パレンバン石油基地
    パレンバンのイラスト監修と油都パレンバンの概説

2.ドキュメント1戦争と石油 石炭から石油へ
ドキュメント2戦前日本の石油事情 石油資源を求めて

3.パレンバン攻略戦

4.分析 占領下南方油田の運営と問題点

5.コラム
     ・石油の雑学
     ・人造石油
     ・航空ガソリンとオクタン価
     ・作井隊と作井機

本の内容としては、図版・図表、写真、イラスト等が多く、いわば大人の絵本的なところがあります。しかし、内容としてのレベルはたいへん高く、読み応えのあるものと思っております。 特に学研は、この分野の資料も相当数集めており、珍しい写真も多く、立派な石油技術史になっております。機会がありましたら、ぜひ本屋の書架で本誌を手に取られて、目を通されるよう切望いたします。

蛇足になるかもしれませんが、誤解を招かないように、わたしの立場をはっきりさせておこうと思います。わたし自身は、平和主義者であり、戦争だけは絶対にやってはいけないと考えております。戦争は破壊行為以外の何者でもないからです。では、なぜ軍事に関した記述をするのか、ということですが、先の大戦は、現実に起こってしまったことです。もう取り返しのつかないことなのです。それなればこそ、後世に生きるものとしては、史実は史実として正確に記述することが義務であり、その上で、歴史的にみて正しかったことなのかどうかを客観的な史観で、判断すべきだと考えております。一部の人が口にする 自虐的史観などというものは、本来存在していないし、歴史を自分の都合のよいように解釈すること、のみならず、都合のよいほうへ歴史をつくり直してしまうことは許されないことと申せます。今回、かつて取り組んだテーマに改めて見直すチャンスが与えられ、先入観にとらわれずに、一つひとつ資料に目を通し、じっくりと取り組んだつもりです。その結果、軍需用の重要資源という面で、開戦前の日本のおかれた状況は予想以上にひどく、改めて申すまでもなく、アメリカを相手に戦争するだけの力はまったくありませんでした。その最たるものが石油です。自国に石油資源がなく、しかも石油そのものを、戦おうとする相手国からの輸入に依存していたのですから、時の為政者は何を考えていたのでしょうか。まったく無茶な話でした。そして、アメリカが石油を寄こさないので、やむにやまれず開戦に踏み切ったのだ、と流布されており、まさに「太平洋戦争は石油に始まった」のですが、しかし、果たしてそう言い切れるものでしょうか。答がNo !であること自明です。いかようにも戦争は避け得たはずです。

今回のわたしの記事から、戦争の空しさを感じ取っていただければ、望外の喜びです。

(平成21年 6月)

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