二度目の帯状疱疹

この春は、桜の開花も例年より早く、その分長く楽しめたとか、 いや早く咲いた分、早く散ったとか、新聞あるいはTVで報道されていました。じつは、わたし自身、今年は実際の桜を見ていないのです。というのも、3月末から高熱を発し、4月半ばまで病床に臥していたからです

1月の末に某出版社から原稿執筆の依頼を受け、最初は手慣れたテーマだということで軽く考えていたのですが、いざ始めてみたら案外手ごわく、3月の半ば頃は、締め切りにも追われ、年がいもなく1週間ほど徹夜を強いられました。結果的には、発症はこのときの無理がこたえたのでしょう。それでも3月25日に一通りの原稿を書き上げ、気分を良くして、27日の夕刻には新宿へ出て、友人と会食したのです。しかし、食事をしていても、なんとなく体がだるく、熱っぽい感じもしたので早く辞し、家で体温を測ったところ37.2℃、このときはまだたいしたことはなく、それでも悪寒があったので、早めに床につきました。

発症は翌28日です。朝起きてもだるく、腹の周りに小さな紅斑(湿疹)が出ていました。「まあ風邪かな」、とさほど深刻には考えていなかったのですが、午後になってから紅斑は全身に広がり、体温は39℃にまで上がりました。なぜ紅斑が全身に出るのか分からないまま、土曜日の午後では医療機関はだめだろうと考え、むしろ睡眠が必要かと思い、ふだん口にしないブランデーを飲んで寝ました。しかし、熱とかゆみがひどく、よく寝るどころか、睡眠は浅かったといえます。29日の日曜日は、体温こそ38℃に下がりましたが、かゆみがひどく、痛みも出て、どうにも我慢できずに、近くの病院の救急外来へ飛び込みました。当直医は若い内科医でしたが、体の湿疹を見ただけで、「手におえないので、皮膚科の専門医に見せるように」の一言で、痛み・かゆみ止めのアレグラ60mgを2日分処方してくれただけで、帰されました。その夜は、一睡もできず、地獄のような苦しみでした。不思議なもので、夕食後服用した薬が効いてきたのか、夜中の3時頃、痛みとかゆみがスーっと引いていくのが感じられました。

30日(月)朝一番で杉田の内山皮ふ科へ行きました。内山先生はわたしと同世代、横浜市大医学部のご出身で、神奈川県がんセンターに勤務されてからクリニックを開かれた先生です。全身に出た湿疹の様子をみて、すぐさまウイルス性もしくは細菌性の発疹で、首の後ろ側に発生した湿疹は帯状疱疹だ、との診たてでした。また、くちびるにも若干水ぶくれ(2,3日後には口の中にも発生)が出ていたのですが、これは口唇ヘルペスだと、いわばヘルペスウイルスによる合併症的な疾患ということになりました。それにしても、わたし自身は1990年(昭和65年)に一度帯状疱疹に罹ったことがあり、その時の説明では、二度罹ることはなく、二度も罹るようではたいへんですよ、というような説明を看護婦さんから受けたので、今回も帯状疱疹だということは夢にも思っていませんでした。しかし、これはわたしのかん違いで、潜伏感染していた帯状疱疹ウイルスが再活性化し発症することはあるようですね。それも60歳代以降にピークがあるらしく、高齢になるほど疾患の重篤度が高くなるようです。

そこで先生から相談を持ちかけられたことは、昨年発売されたばかりの新薬で、よく効く抗ヘルペスウイルス剤「ファムビル錠250mg」という薬があるけれど、すごく高額なのだが服用してみるか、ということでした。要は1万円以上かかる薬だけど、支払いの方は大丈夫か、ということなのでしょう。慌てていたので、わたしも、随分みすぼらしい恰好で先生の前へ出たのかもしれません。「金に糸目はつけない」なんて、そんなきざっぽい思いではありませんでしたが、何しろなんとか治したい思いから、当然、処方をお願いしました。その薬を5日間(2錠×3回/日)服用したおかげでしょうか、全身に発疹していた紅斑は紅色丘疹に変わり、紅色は薄紫色に変じ、やがて以前の肌色に変わっていく様子が、毎日鏡を見るたびに確認でき、それは大感激でした。はじめて全身の発疹を見たとき、自分の体ながら、身の毛がよだつ思いで、それが上半身から下半身へ、足からつま先へ、二の腕から手の平・手の甲へと、拡がって行く様子は、今、思い出してもぞっとします。正直なところ、「もう温泉や銭湯へは行けないな」、と真剣に思ったものでした。湿疹の方は、そのようなわけで、1週間で明るい希望が持てましたが、高熱のほうは、2週間悩まされました。起床したときは大体38℃台前後、午後になると少し下がって37℃台半ばになるのですが、夕食後、薬服用後から上がり始め、就寝時39℃に上がり、夜中の間、その高温がつづくのです。氷枕、頭へは「冷えピタ」(これが重宝しました)を貼り、そして、いつでも氷を口に含めるよう枕元にはアイスボックスを置く。それでも、睡眠は浅く、寝返りを打つたびに体の節々が痛み、それがまた眠りを浅くする、という状態が何夜かつづきました。

平熱にもどったのは、4月12日の週に入ってからでした。おかげさまで、近所なら歩けるようになり、週末には東京で友人の個展を観たり、横浜美術館へ出かけたりで、まだ元にもどったとはいえませんが、間違いなく快方へ向かっていることは確かです。じつは、この文章は4月27日に書き始めたのですが、 この時点では、まだ後遺症として、両方の手の先にしびれが残っております。しかし、それも日を追って良くなっており、完治する日も近いでしょう。気になるのは、約一ヶ月にわたり、心配をかけ、いろいろ面倒を見てくれた連れ合いが、逆に体調をくずし、ここ数日、本調子でないことです。その原因がつかめないだけに、結局は、わたしが招いてしまったのでしょう。申し訳なさで一杯です。それと、帯状疱疹が首に止まり、顔あるいは脳のほうへ影響しなかったこと、これは天佑かと感謝しています。

(平成21年 5月)

(参考)ファムビル250mg錠 薬価基準 563円/錠
    服用錠数 30錠  計 16,890円
    販売:マルホ株式会社
    製造:旭化成ファーマ株式会社
    提携:ノバルティスファーマAG(本社 スイス)

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