忘れえぬ5人のハリウッド女優

この春は、帯状疱疹・ウイルス性発疹による高熱のため、散々な目にあって気も滅入っていましたので、今月は気分を新たに、今なお印象に残っている女優さんのことを書いてみることにします。わたしの青春への回想でもあります。

と書き出してみたのですが、映画を観るたびに、その都度主演女優さんに惚れ惚れしまうわたしのこと、いざ5人を選ぶとなると、これが結構難しい、ということがわかりました。それでも印象に残る度合いの深さから順位をつければ、
?『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーン
?『旅情』のキャサリン・へップバーン
?『カサブランカ』のイングリッド・バーグマン
と、ここまではすらすらと決められたのですが、さて残る二人となると、いろいろな女優の名前が出てきて、多少迷いました。しかし、印象が残るというのは、映画そのものがよかったということもありますが、それだけではなく、ほんの一瞬のシーン、あるいはちょっとした仕種だけで、妙に心につよく残ることもあります。むろん場面の背景、流れる音楽、そして相手役にも影響されます。そのようなことをいろいろ考えて、結局、
?『めまい』のキム・ノバック
?『リオ・ブラボー』のアンジー・ディキンソン
にすることにしました。映画通の方なら、「ずいぶん変わった選択だな」 と思われるかも知れません。

少し前のこと、TVでオードリー・へップバーン特集みたい な番組があり、その中で、日本人男性にアンケートを取ると、もっとも好かれている女優として、『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンを挙げる男性が多いというようなことを言っていました。確かに、幅広い年代にわたって、好感をもたれているのは事実でしょう。王女がお忍びで、一人でローマの街を歩いている時に出会った新聞記者との刹那的な、叶うことのない愛、いかにも日本人が好みそうなロマンティックなストーリーです。それと同時に、公開された1953年当時のローマは、日本人にとって一度は行きたいと思ってはみるものの、とても行くチャンスなどあろう筈のない、あこがれの街が舞台だったということも、好かれた理由なのでしょう。『マイフェアレディ』や『ティファニーで朝食を』など、彼女のほかの作品も、すばらしいものばかりですが、わたしは、なんといっても、『ローマの休日』のあの愛くるしい王女役のへップバーンが一番好きです。むろん、この作品で彼女はアカデミーの主演女優賞をとっています。新聞記者役のグレゴリー・ペックもよかったですね。どちらかといえば、大根役者だといわれた彼も、なかなかどうして、いい役者です。日本でいえば、大根だと陰口をたたかれながらも大俳優だった佐田啓二や、現在なお活躍中の三国連太郎というところですね。

旅情』はわたしが高校を出て、浪々の身だった時に公開されました。東京外語へストレート入学した友人が、「『旅情』はいいぞ!」としきりに勧めるので、日比谷だか、有楽町辺りの映画館へ一人で観に行きました。確かにすばらしく、何よりもキャサリンの魅力、そしてサン・マルコ広場をはじめとしたベニスの街並みに、圧倒されました。その日の日記に「映画のすばらしさに却って物憂く」と記したものです。たまたま『草野心平詩集』を読んでいたので、自分の境遇を彼の詩「富士山」に出てくる「ふりそそぐ春の光に却って物憂く」の一節に重ねてみたのです。映画の中で、今でも鮮明に覚えているシーンが二つあります。一つは、運河に落とした花が、拾い上げようと伸ばした手をかすめて流れ去って行くシーンです。一夜をともにしたローマの男性(ロッサノ・ブラッツイがよかったですね)との恋が、所詮は、結ばれないことを暗示していたのでしょう。もう一つは、ラスト・シーンです。傷心したまま列車でアメリカへ去る彼女、その彼女に自分の愛を込めた贈り物を渡そうと駅のプラットホームを懸命に走る男、しかし、受け取ろうと差しのべる彼女の手には届かない、そんなシーンでした。当然アカデミーにノミネートされながら、この作品では逃しましたが、『招かざる客』、『黄昏』など4作品で主演女優賞を獲得しているのですから、おそらく映画史上最大の女優といってもよいのではないでしょうか。大好きな女優でした。

イングリッド・バーグマンを3番目にしましたが、映画ということでは、わたしにとっては『カサブランカ』の方が上の2本よりよかったといえるかもしれません。公開されたのが、まさに第2次世界大戦の最中だった1942年(むろん日本では戦後の公開ですが)、映画の背景にあった、パリ陥落時の混乱、そして対立するフランス、ドイツの勢力下に置かれた北アフリカのモロッコという、日本人にとっては馴染みがうすく、それだけに興味を抱かせる内容だということが、かえってある種のノスタルジアを感じさせたのかもしれません。それにしても、イルダ役のバーグマンの美しさには、身震いしそうでした。イルダの数奇な運命、そしてハンフリー・ボガード演ずるリックとの苦い別れと思いがけない再会を、哀愁をおびた“As time goes on”のメロディが、うまく引き立てていました。この曲も、映画史上に残る名曲といえるのではないでしょうか。それに、「君の瞳に乾杯」といった、いかにも気障っぽいセリフが妙に合ったというのも、ハンフリー・ボガードの渋さが故だった、といえるでしょう。

ヒッチコックのロマンティック・サスペンス『めまい』のキム・ノバックを挙げたのは、映画の前半で演じられたブロンドのマデリンのいかにも品の良い、それでいてミステリアスな裕福な家庭夫人の姿と、後半のブルネットのジュディのくずれた姿との、そのあまりにも大きな落差に興味を持ったためです(むろん、それだけではありませんが)。同一人物なのに、髪の色や型、メーキャップ、衣装、それに立ち居振る舞いなどで、女性はかくも違った印象になるものか、と空恐ろしささえ感じたほどでした。むろん、わたしが魅かれたのはマデリン役のキムのほうで、ストーリーの面白さもさることながら、キムを見たさに、友人と二人、映画館へ二度も観に行ったものでした。そんなこともあって、社会人になってからアメリカ西部のパサデナに2週間ほど滞在したとき、同市内のグリーン・ホテルを彼女が定宿にしていたと聞いて、その周りをよくぶらついたものでした。もしかしたらキム・ノバックに会えるかもしれないと思いつつ・・・・ そんな父親の気持ちを知ってか、2007年5月、娘の大学卒業式参列のためにサンフランシスコを訪問した折、彼女は、映画後半の舞台となったヨーク・ホテルに予約をしてくれました。外装がすっかり改修され、全面道路も拡幅されていて、映画で受けた印象とはまるで違っていましたが、青春時代をしのぶよすがにはなったものでした。ところで、彼女が主演したサマーセット・モームの『人間の絆』は、わたしが連れ合いと初めて観に行った映画なのですが、彼女が出演していたことを後に知りました。映画館の中では手を握るでもなく、ただひたすら緊張の連続で、女優が誰だったのかも覚えていなかったのでしょう。うかつな話でした。

いままで述べてきた4人の大女優と比較すれば、アンジー・ ディキンソンはさほど知られた女優ではないかも知れません。しかし、映画『リオ・ブラボー』は結構人気があって、今でもビデオやDVDが売れているようです。悪の手におちた弟の救出のため、ジョン・ウェインが立ち向かうわけですが、味方してくれたディーン・マーティンやウォルター・ブレナン演ずるスタンピー爺さんとの掛け合いが面白く、十分堪能できる面白い映画でした。わたしにとって印象に残るのは、やはり、ちょっとやくざな女ばくち打ちフェザース役のアンジーで、決してグラマーではないけれど、のびやかな肢体と脚線美、それに、何よりもこぼれるような笑み、よかったですね。決闘に勝って彼女の許へ訪れ、ひと時を過ごしたのち、満足げに部屋から出て階段を下りていくジョン・ウェインを、これまた満たされた瞳で2階の手すり越しに見送るアンジー。彼女がくるくるっと指で巻き、放り上げた黒いパンティは、階下を通りかかったスタンピー爺さんの頭に落ちる。すべてを察してニヤッとする爺さんは片目をつぶる。つよく印象に残るシーンでした。

むろん、忘れえぬ女優はほかにもたくさんいます。
ハリウッドだけでなく、ヨーロッパにも、最近では中国でも、数え切れないほどです。たとえば、子役を例にとれば、シャーリー・テンプルやマーガレット・オブラエンなどは懐かしいですね。最後に、日本ではといえば、これは限がないのでやめておきますが、敢えて挙げれば、『裸っ子』の有馬稲子、そして映画ではありませんが、TVドラマ『夢千代日記』の吉永小百合、『御宿かわせみ』の高島礼子でしょうか。有馬稲子が浴衣でお祭へ行く後姿の艶めかしさ、まだ学生だったわたしには、もうなんとも興奮したものでした。

(平成21年 7月)

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