わたしは映画大好き人間だった

映画「望郷」ポスター

神奈川新聞に32年にわたって連載されていた服部宏氏の『シネマパラダイス』が本年6月末をもって終了しました。同紙を読むようになってから、まだ数年にもなっていないので、氏の映画評、五分の一ていどしか読んでいないことになりますが、自称「映画大好き人間」のわたしとしては、同紙の中ではかかさず読んだ記事だと言えます。氏は映画評を終えるにあたって、3回にわたって帰し方を振り返り、「回顧」を書いています。そして、最後の回顧(下)で、集大成として「オールタイムベスト10」として邦画、洋画別につぎの10作を選んでいますので、皆さんへのご参考までに、書きあげてみます。
邦画:
1位「七人の侍」(黒沢明監督)*
2位「東京物語」(小津安二郎監督)*
3位「仁義なき戦い」(深作欣二監督)
4位「浮雲」(成瀬己喜男監督)*
5位「切腹」(小林正樹監督)*
6位「人情紙風船」(山中貞雄監督)
7位「おとうと」(市川崑監督)*
8位「天国と地獄」(黒沢明監督)*
9位「幕末太陽傳」(川島雄三監督)*
10位「男はつらいよ」(山田洋次監督)*
このリスト中、*印はわたしが見たことを示しています。こうして並べてみますと、さすがに錚々たる監督の作品であり、とくに黒沢作品が2作品選ばれているということは、さすがと思わざるを得ません。また、ひとりよがりだと言われそうですが、10作品中、8作品を見ているということ、「映画大好き人間」を自負する者としては、わが意を得た思いでおります。見なかった2作品のうち「人情紙風船」は、1937年公開だそうですから、見る機会はほとんどなかったでしょうし、わたし自身、その名も知りません。「仁義なき戦い」はヤクザもので、わたしは自分のポリシーとして、この種の映画は認めたくありませんし、それだけにとても見る気がしませんでした。映画俳優として、こんな反社会的な映画への出演は遠慮しろとまでは言えませんが、正直に申して、名優・高倉健や菅原文太もその種の映画に出ていたころは認めませんでした。あの甘いマスクの鶴田浩二も一時出演していましたが、むろんわたしは見ていません。ただブームが去ったのか、彼らが見限ったのか、ヤクザから足を洗ってから出演の映画はさすがに素晴らしかったですね。文太さんなど、とくにTVドラマはよかったと思います。

映画「7人の侍」ポスター

見た映画の感想はどうだったでしょうか。簡単にふれておきますと、「7人の侍」は説明不要でしょう。「東京物語」、小津作品はほとんどみており、この作品が1番かとなると、素人のわたしにはよくわかりません。ただ、たしかに印象はよく残っています。それとは別に、小津監督の下目線からの独特なカメラアングル、いいですね。「浮雲」、森雅之のうだうだした男性、女性ならずとも一喝したかったですね。「切腹」、仲代達矢は好演でしたが、話が暗かったです。「おとうと」は、岸恵子だけが目立った映画で、好き嫌いはあるにせよ、彼女、憎たらしいほどうまく、華のある女優さんですね。「天国と地獄」、社会性に富んだサスペンス映画、あるいは刑事ものです。刑事ものが大好きで、今でもTVドラマをよく見ていますが、足元にも及ばないですね。「幕末太陽傳」、喜劇といえば喜劇ですが、この映画も社会性に富んでいます。フランキー堺のうまさ、半端ではなかったです。「おとこはつらいよ」(第8作まで)は、海外の現場などに持ち込まれる映画のナンバー・ワンでした。外地で見るとばかばかしいほど面白く、帰国してからは、日本にいてまたこの映画かと、これが日本映画の限界だと思ったものでした。最近になって、「いや、この映画、地方都市の姿を映像に残した貴重な文化遺産だ」、と思うようになりました。山田洋次監督、やはりすごいのですね。ざっとこんな感じですが、服部宏が挙げたこの10本に勝る映画があるはずだ、と思ってはみたのですが、いま考えても、すんなり出てこないので、これでいいのかもしれません。

映画「第三の男」ポスター

洋画:
1位「かくも長き不在」(仏・伊)
2位「旅路の果て」(仏)
3位「ヘッドライト」(仏)*
4位「地獄に堕ちた勇者ども」(伊・西独)
5位「チャップリンの独裁者」(米)*
6位「第三の男」(英)*
7位「荒野の決闘」(米)*
8位「俺たちに明日はない」(米)
9位「アパートの鍵 貸します」(米)*
10位「ニュー・シネマ・パラダイス」(伊・仏)
洋画となると、さすがに見ていない映画が多くなります。10作品中半分の5作品しか見ていないとなると、映画大好き人間としては、とても自慢できないでしょう。上記リストをご覧になられてお分かりのように、上位にランクされた映画、見ていない映画のほとんどはヨーロッパ映画で、そのため、もしかしたら日本では目にふれる機会が少なかったような気もしています。5作品について、邦画と同じように簡単にふれてみます。「ヘッドライト」は、じつはあまり印象が残っていません。ただ、「望郷」のまだ若かったころのジャン・ギャバン、それから20年ちかく経って初老となった彼のトラック運転手の演技、どちらも渋く重厚でした。「チャップリンの独裁者」、ヒトラーを非難し、彼の本質をあばいた演説シーンは感動的で、圧巻でした。喜劇王チャップリン、やはり世紀の役者・映画監督でしたが、それ以上に人間として何とも言えない魅力に富んだ方でした。服部は社会性の高さからこの作品を選んだのでしょうが、わたしは彼の「ライムライト」もそのテーマ音楽とともに選んでほしかったと思っています。「第三の男」、これはまたどう表現したらいいのでしょうか。このころのヨーロッパ映画は第2次世界大戦後の荒廃した都市を舞台にしたものが多かったような気がしていますが、この映画、まさにナチスドイツ占領下だったウイーンが舞台です。ナチスに抵抗したレジスタンスが縦横に活動の拠点とした下水道が映画の第2の舞台となっているのです。主演は渋い俳優のジョセフ・コットン、しかし本命は名優オーソン・ウェルズ演じる「第三の男」です。まだ街の灯りが十分に復旧していないウイーンの夜の街、暗闇から親友に対して親しみを込めた表情でヌーっと顔を現したオーソン・ウェルズ、格好よかったですね。ラジオでの朗読に魅せられていたあの声、体がゾクゾクしました。哀愁をおびたアントン・カラスのツィターの調べが流れる中、並木道を去っていくアリダ・ヴァリの後姿を追うカメラ、印象的なラストシーンでした。「荒野の決闘」、ご存じ西部劇です。一時、西部劇は洋画の花形で、わたしもよく見ました。邦画でいえばチャンバラ同様に活劇ですから、「駅馬車」に代表される動の映画が多い中で「荒野の決闘」は静の西部劇だといえるでしょう。知性すら感じさせる西部劇でした。ヘンリー・フォンダが演じたからそう感じさせたのでしょうか。山で友人たちと「雪山讃歌」を歌っていますと、それがいつの間にか、この映画の主題歌の「いとしのクレメンタイン」、それも英語と独語につながっていったものでした。「アパートの鍵 貸します」はいかにもアメリカ、それもニューヨークを舞台にした映画で、それまで喜劇役者だとばかり思っていたジャック・レモンのペーソスを漂わせた演技、さすがアカデミー賞俳優です。それに、すこしファニー・フェイスのシャーリー・マクレーンもいい演技をしていました。

映画「カサブランカ」ポスター

ところで、5本ものベストテンにランクされた映画を見ていなかったということ、なんとなく残念な気もしています。そこで、わたしとしては、それに代わる映画ということで、5本の映画を選んでおきたいと思います。選定の基準は、ハリウッドの大作映画を除くということで、あとは心から楽しめ、あるいは心が揺さぶられた映画から選びました。順不同です。
  1,「ローマの休日」(米)
  2,「旅情」(米)
  3,「カサブランカ」(米)
  4,「ライムライト」(英)
  5,「望郷」(仏)
このほかに番外編としてもう一遍、「黄昏」(米)を選ばさせてください。結果として、大好きな女優であるキャサリー・ヘプバーン出演映画が2本となりました。
最後になりましたが、「映画大好き人間」のわたしが、なぜ「映画大好き人間だった」というタイトルにしたのかについて、説明することをお許しください。わたしは、小学校へ入る前から、母に連れられて旧東海道沿いの南・北品川宿に点在していた映画館へよく連れられて行っていました。学生時代は、8時から半額となる大井町にあった2本立ての映画館をよく利用しました。設計の課題に行き詰まったときなど、映画館で考えることにしたのです。もっとも、映画のほうに気がひかれていいアイデアの出ようはずもなく、意匠系の成績が悪く、そちらの道に進むことを断念したのは、そのせいだったかも知れません。会社を退職し、比較的時間が取れるようになってからは、横浜の伊勢佐木町通り沿いにあったいくつかの映画館を荒らしまくりました。もっとも、映画界が廃れるとともに、シネコンの時代となり、ミニシネマはつぎつぎと閉鎖されて、伊勢佐木町界隈に残るのはわずか3館だけとなってしまいました。その中でわたしがホームグラウンドにしたのは黄金町のジャック&ベティで、ずいぶん足しげく通ったものでした。J&Bは2館から成り、1館が1本の上映のとき、他方が2本立てということもあり、その場合、上映時間がうまく調整されていたので、3本とも見たということも数回あったものでした。いい歳をしてバカみたいと思われるでしょうが、映画評論家・水野晴郎ではありませんが「いやあ、映画って本当にいいものです」。それほど好きだった映画を、ここ数年以上にもなるでしょうか、めっきり通わなくなってしまいました。理由はいくつかあるのですが、要はひとえに「映画をみることに飽きた、いや正確には億劫になった」のです。たしかに、昨今のハリウッド映画は、高齢者にはついていけないほどテンポの速い映画が多く、また、むずかしいSFにもついていけなくなっているのは事実です。しかし、J&Bはその種の映画の上映はほとんどなく、ハリウッド以外の多国籍の映画、それも、むしろ高齢者好みのゆったりとした作品を多く上映していますから、そのことが理由ではないのです。どう考えても「おっくう」になったとしか考えられないのです。さびしいことですが、やむを得ないことでしょう。それじゃあ、ますます老化がすすむのでは、と言われそうですが、それに代わるものとして、仲間内との歩く会に精魂(?)を傾けるようにしており、そのための資料づくりに励むことで老込むことを防ぐようにしています。それが、けっこう役立っているようです。

    

(2017年12月)

ホームに戻る

前の月の履歴を読む

次の月の履歴を読む