エビングハウスの忘却曲線

エビングハウスの忘却曲線

わたしと同世代の方は、あるいは同じ悩みを抱えているのかもしれませんが、記憶力の減退にはほとほと悩まされています。人の名前が出てこないとか、ちょっと前に聞いたような話でも忘れてしまっていることなど、ざらにあります。なかでもいちばん困るのは、人との会話の途中で「ことば」が出てこず、絶句してしまうことです。せっかくの会話がそこで途絶えてしまい、会話の相手に失礼ですし、こちらも気まずい思いをします。この傾向は、当然のことながら加齢とともに増大するわけですが、そのことに甘んじていたのでは人生、あまりにもはかないですね。
そこで、わたしは考えました。よく雑誌などで紹介されることがありますが、「エビングハウスの忘却曲線」のことです。彼は19世紀後半から20世紀にかけてのドイツの心理学者で、有名な忘却曲線を発表した方です。写真1で示した図からお分かりのように、人の記憶などというものは、20分後には42%のことを忘れてしまい、1時間後に56%、1日経てば74%のことを忘れてしまうのだそうです。そして1ヶ月後に記憶として残るのはわずか21%、要するにもうほとんど忘れてしまい、いわばおぼろにしか覚えていないということなのでしょう。むろん人によって、あるいは環境とか年齢による差はありますが、人間の記憶なんて頼りないものなのですね。このことを知って、わたしは少し気が楽になりました。忘れたからといって、そんなに気にすることはないのでしょう。「人間は考える葦である」(パスカル)であると同時に、「人間は物忘れの動物」なのでしょう。もっともだからといって、それで終わってしまうのでは、身も蓋もないですね。記憶力を維持するにはどうしたらいいのでしょうか。エビングハウスによれば、繰り返しの復習が有効だということですが、これでは学生さん向けの教えになってしまいそうです。エピングハウスの理論がそうだからといって、それに甘んずるわけにはいかないでしょう。損するのは自分ですから、なんとか記憶力を維持するすべはないものか、2、3年ほど前から、わたしは次のような三つの方策を教えられ、実施することにしております。
(1)前夜の食事の献立を翌朝思い出して記録する
(2)ナンプレ(「数独」とも呼ばれている)に挑戦する
(3)我が家の朝食用材料の購入責任を担う

「前夜の夕食記録ノート」

「前夜の夕食記録ノート」内部一例

まず(1)の前夜の食事献立を思い出して記録することですが、じつは、大学時代からの畏友の一人が、「女房に言われてこんなことをしている」、と言いながら見せてくれた手帳には、毎日のように前夜の献立が書かれていたのです。これはいいかもしれないと、さっそく見習って実施することにしたわけです。3年前(2015年)の4月のことで、わたしの場合は手帳ではなく、『記憶をたどった前夜の夕食献立表』と名付けたB5版のノートを使用しています。開始日は4月2日(前夜4月1日の夕食から)で、それ以来、毎日欠かさず記入しております。かるく考えて始めてはみたのですが、やってみてすぐに、これは生半可なことでは続けられないことに気づきました。はじめの2か月で、まったく思い出せないで空欄のままの日が5日、わたしを助けるようにノートにチェックを入れてくれた家人の朱記訂正・加筆の箇所は11箇所に及びました。記録しながらよくわかったことは、まさにエビングハウスの忘却曲線ではありませんが、食べ終わってからそのままTVに見入ったり、自分の部屋でやりかけの作業などに手を染めたりしますと、それこそまだ1時間も経っていないのに、先刻何を食したのか、信じられないほど思い出せないのです。それは愕然とするほどで、わたしの場合、曲線から得られる56%以上、おそらく7割がたは忘れているでしょう。ごく当たり前の話ですが、外食とか、デパ地下で弁当を買って来た場合、それにカレーライスや丼もののような単品の場合なども、ほぼ頭に残っています。それと、めったにはありませんが夕食用の材料購入を家人に頼まれた場合などは、その材料が夕食のおかずに結びつくということで、比較的らくに書きあげられるものです。一方、ノートをつけているうちに身につけた知恵もあります。まず、食後、できるだけ早い時間に食したものを一度復習する。できれば視覚に訴えておくことが望ましい。さらに就寝前にもう一度おさらいをしておけば、ほぼ90%以上は思い出せそうです。ところが、最近になって気になっているのは、そんな単純な復習をすること自体を忘れてしまうことが多くなってきたということです。そうなると、翌朝、地獄の苦しみを味わうことになり、そうなると、単に物覚えがわるくなったというより、これは認知症の前兆なのだろうか、という危惧を覚えるようになっています。

新聞に載った「数独」の一例

(2)の数独(ナンプレ)の挑戦ですが、これは大学の数学科を出た、中学で一緒だった学友が教えてくれたもので、もう2年ぐらいになるでしょうか。まだご存じない方のために、ざっと説明しますと、写真で示された図のようにタテ・ヨコそれぞれ3コマで1〜9までの数字が入る9個のマス、合計81のコマすべてに、タテ・ヨコとも各列が1〜9までの数字となるように空いているコマに数字を埋めるという、ゲームのようなクイズです。はじめるまでは、「こんなもの?」といささかばかにしていたのですが、いざ始めてみますと、結構面白く、かなり頭を柔軟にしなければ解けないという点で、いまでは病みつきになり、毎晩床につき読書を始める前の頭の運動のつもりでチャレンジしております。わたしが使っているのはコミック出版社の『実力検定難問ナンプレ』という分厚いテキストで、はじめに購入したのは10級からはじまり準1級・1級、さらに名人・達人・超人と徐々に難しくなる(?)ように編集されています。たしかに、はじめのうちは9マスのすべてで、中の9数字のうち平均して5数字はすでに埋められているような易しい問題ですが、後のほうになると、それが3以下となり難しくなるわけです。現在使っているテキストは準2級から始まり、超人のつぎに仙人のクラスが設けられていて、埋められている数字は81コマのうち22、中には20しかないものもあります。いまはまだ1級レベルですが、なかなか難儀しております。数学専攻の学友は、中学のころから数学は得意で、今でも大好きなのでしょうか、デイケアサービスの施設で来所者に「ナンプレ攻略テクニック」を教えているようです。わたしの使っているテキストでも、はじめの2ページがさかれて攻略の仕方が説明されていますが、わたしには説明そのものが理解しにくいので、それを読まずに自己流に勝手に解いております。わたしなりの攻略法もいくつか見出してはいるのですが、まだ気づいていない点があり、まだまだ奥義をきわめることができずに、いまだに攻略できないでいる問題にぶつかっています。前に書きましたが、この数独(ナンプレ)への挑戦、その日の頭の働きによって簡単に数字が埋まっていくとき、まるで歯が立たないとき、それでいて翌日にはウソみたいに埋まっていくこともあるのです。日毎のそんな変わり方が面白く、まだ当分あきる気配はなく、毎晩、格好の睡眠導入剤となっています。そのために就寝前の読書が進まなくなるマイナス面もあるのですが、いずれにしても、頭を柔らかくすることには役立っているのではと思っています。

さいごの(3)、朝食用材料の購入についてです。これは、家人の提案で(1)、(2)より1年ほど遅れてはじめたものです。性格も少し異なっていて、直接記憶力の維持をねらったものではなく、結果として維持に結びついているかな、と思えるものです。じつは、わが家の朝食はパン食で、パン・マーガリン・牛乳・ヤクルトといった定番もの、加えて自慢の自家製カスピ海ヨーグルトに加えるバナナ・キウイの購入は、いつの頃からか家人の命でわたしの担当にされているのです。なぜ命じられるようになったのかよくはわかりませんが、そのていどの買物でも、スーパー内を歩くことで、かなりいろいろな刺激を受けることができます。その日は何が安売りされているのか、パンや牛乳を購入する際の賞味期間に注意しているか、つり銭の勘定の仕方で、小銭の処分が有効になされているか、同時に貯蓄用の500円硬貨をうまくねん出しているか、などがチェックされているようです。そのこと自体、記憶力云々というよりボケの防止には役に立ちそうなので、わたしも甘んじて指導を受けています。それに、わたしの担当にしてもらうことで、自然にカードのポイントも貯まることになり、わずかながらでも、わたしの小遣いも増えるわけで、そんな効果も盛りこみ済みなのかもしれません。ボケ防止に小遣いの増加という一石二鳥の配慮、陰ながら感謝して、今朝も買い物に行ってきたという次第です。

    

(2018年04月)

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