建築家アンリ・ゲイダン 建築家アンリ・ゲイダンの新聞記事が出て間もなくの2月24日、わたしは件(くだん)の教会を見るために、地下鉄外苑前駅に向かいました。その日は、2月とはいえ日ざしが明るく、コートも不要なほど暖かい日でした。当初、せめて外観だけでも、そしてうまくいけば教会の人に頼んで内部も、という程度の気持だったのですが、行った日は水曜日、運よく毎週水曜日はチャーチ・ツアーがあって、教会建築の内部をゆっくりと見ることができたのです。教会の長老と思しき方の説明付で、通常は15分のところを、設計者の知人ということで、特別に30分ほど掛けて、設計のコンセプトから、教会内の音響についてまで懇切丁寧に説明して下さり、たいへんラッキーなことでした。その日は、「ランチタイム・メディテーション」と称した特別な時間帯も設けられていて、三色の音色を出せる特製のオルガン演奏に耳を傾けながら、しばし瞑想のひとときを過ごすことができ、アンリ・ゲイダンのことを偲びつつ、まさに、至福のひとときでした。 彼の経歴についてわたしが知る限りのことを書きあげるなら; はじめてゲイダンに会った際、彼が持参した御茶ノ水駅再開発計画コンペの応募模型の写真を見せられたときには、日ごろ堅苦しい箱型の建築パース(建物の全体の様子がわかる透視図のこと)を見慣れていた目には、いかにも斬新的で、目からウロコが落ちる思いでした。その後、金子さんの設計事務所との提携を深める意味で、両社共用の会社リーフレットを作成しました。いずこの会社でも宣伝用のパンフレットは見栄えのよいものを作成しますので、中にはセンスのよい、すばらしいものもあります。しかし、そのとき一緒に作成したリーフレットは、文中で使われたフレーズ、用いられた写真、そして色調を含めて、小ぶりながらすばらしく、他社のものと比較しても遜色のない出来ばえだったと思っています。リーフレットにはフランス大使館(経済商務部)からも、お二人に関してのつぎのような推薦文も寄せられていました。抜粋しますと; 五十嵐太郎は、アンリの原宿教会について、神奈川新聞紙上でこう評しています。「正面を見ると、曲線を描くコンクリートのボリュームが印象的である。全体としては、波打つ太い天井を輪切りにして、六つの変形アーチを平行に配置したような構成をもつ。(中略)内部に入ると、壁の厚さゆえに温かく包み込まれる空間体験を味あう。モダンな外観ながら、意外にもロマネスク建築に通じる分厚いボリューム感を想起する。アーチ端部の天井が低いベンチも、西欧の教会の小空間をほうふつさせるのだ。一方で、真っ白に塗られた壁や、断続的に入るスリット(アーチの切れたすき間)からの光は、明るく透明感にあふれ、現代的な軽やかさをもっている。相反する二つのテイストが巧みに組み合わされた教会といえよう」 五十嵐のいうロマネスク建築とは、ヨーロッパにおいて11世紀から13世紀にかけての教会や修道院によく見られた建築様式のことです。中世のヨーロッパでは、民族の大移動以降、何世紀にもわたって民族間の争いがつづき、またキリスト教とイスラム教よる宗教間の対立も長くつづいて、まさに戦乱の時代でした。戦乱から逃れた、そして魂の救いを求めて巡礼となった人々が逃げ込んだのがロマネスク建築の教会であり、修道院だったのです。壁は厚く、小さい窓から差し込む光は弱く暗い室内、その中ではじめて、人々は安寧の気持ちが得られたのです。それからいえば、原宿の教会内部の明るいこと、「どこがロマネスク建築に通じるの?只ただ明るい現代的な教会ではないか」と、建築を見る目に欠けたわたしなど、はじめは、ついそう思ってしまいました。しかしよく見てみれば、コンクリートの壁は確かに厚いし、変形したアーチはロマネスク建築の特徴である半円形アーチに通じるかもしれません。五十嵐がロマネスク建築を想起させるという意外性も、案外当たっているのです。教会内ツアーの際、案内役の長老は、こんなことを話していました。「教会計画にあたっては、7人の建築家のコンペで設計者を決めました。最後の決め手になったのは、設計者のキリスト教への思い入れの深さだったのです」と。そして更に、「ゲイダンは、聖書をじつによく読み込んでいましたよ」とつけ加えられました。原宿教会内の空間にいることで安寧の気持ちが得られる点は、わたしのように信者ではない者にも十分感じられたのです。その意味では、まさにロマネスク建築を想起させるという五十嵐の評は当たっているといえるでしょう。ゲイダンは、その上で、さらにモダンな感じの軽やかさをもたせ、五十嵐のいう相反する二つのテイストが巧みに組み合わされた教会を生み出した、といえます。すばらしい作品だと高く評価したいと思います。 アンリ・ゲイダンも、すでに齢(よわい)50代に入り、建築家として脂が乗った頃かと思います。これからも、ますます活躍されることを願い、陰ながら見守っていきたいと思っております。なお、原宿教会は、地下鉄渋谷線外苑前駅を降り、外苑西通りを国立競技場の方へ少し進んで右折したところにあります。隣に、黄色に塗られたブラジル大使館の建物がありますので、すぐ分かると思います。ご興味のある方、一度ご覧になっては如何でしょうか。 (付記1) (付記2) (平成22年 4月) |
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