友人から贈られた著作

今年になって友人から贈られた2著作について紹介します。

岡田恵美子歌集『白の表象 ヴァース・セラピー録』角川書店
        定価 本体2857円 2008年2月恵送

岡田恵美子さんは、わたしの大学時代の同級生です。神奈川・ 湘南高校からストレートで早稲田の建築に入った才媛で、大 学院を経て多摩美術大学で教鞭をとっていた建築家です。 学生時代に、体育の課目として、北京オリンピックで話題に なったフェンシングを選択しており、サーベルを収めたケー スと面を持って颯爽とキャンバスを歩いていた彼女の姿は素 敵で、男子学生のあこがれでした。 感性に富んだ方ですから、建物を設計し、絵を画くだけにとど まらず、いつの頃からか和歌も詠むようになっていたのですね。 詠まれた歌の一首一首が格調高く、感性に富んでおり、読む人 の心を打つ、まさにヴァース・セラピーそのものです。 一口にいって、たいへん豪華な歌集であり、豪華な本です。何 よりも、恵美子さんのこまやかな神経が、本の隅ずみにいきと どいたすばらしい歌集です。 表紙は、真っ白の台紙に多摩美術大学・檜垣壇教授の作品が モチーフになっており、装幀も白が基調になっています。ご く自然に用いられた文語体、旧かな遣いは歌の格調を高くし ています。しかも漢字と平仮名とが巧みに使い分けられて、 歌(の文字)が黒くなりすぎないように配慮されています。 さらに各ページの余白、というよりは歌と歌との行間が緻密 に計算されていて、その行間の余白の意味するところを読み とる楽しみも与えてくれます。まさに「白の表象」です。 わたしは短歌には素人ですが、歌に込められた作者の思いは 多少なりと汲みとることはできます。恵美子さんの歌のすば らしさは、ある歌は女性らしいきめの細かさ、あるいは主婦 としての日常性を感じさせ、またある歌は時事性にも富んで いる点にあると思います。その上で、「カルマンの渦*英字を 巻ける」とか「ファルバラ荘*もわれを惹く」といった、理工 系の素養のある彼女でなければ使えない“ことば”もさらり と現れるのです。感性の豊かさは言わずもがな、「氷カチリ溶 く」、「ぞくっと寒し」といった表現など、目にした瞬間、体 の芯からぞくっとするようです。 彼女の歌集のすばらしさは、ほかにもあります。それは、早 稲田大学名誉教授の穂積信夫先生(建築学)の跋です。短歌 の世界をふくめて、先生の幅の広い奥の深い知性がそこかし こから、それこそ自然ににじみ出てくるような、美しく含蓄 に富んだ文章で、この歌集に、そして作者に対するあたたか みのあふれた解説文となっております。跋を読むことで、こ の歌集、あるいは和歌への理解が深まるような気がします。 いずれにしても、ページをひも解くことで、これほど癒しを 感じた本の例をわたしは知りません

*カルマン渦:流体内に柱状の物体があるとき、物体の風下 に発生する特殊な渦。鉄塔や煙突などを設計 する上で必要となる
*ファルバラ荘:画家デュビュッフェの設計した別邸のこと

長尾 高明著『庶民のうた―川柳と歌謡』紅書房 
定価 1500円 2008年9月奥様から恵送

長尾高明さんは、中学のときからのわたしの友人です。わたし にとっては畏友と申せます。 名門日比谷高校から東京教育大学文学部へ進み、国文学・国 語教育を専攻しました。宇都宮大学退官後、名誉教授となり、 文教大学教授もつとめられました。ちょうど1年前に横浜で 会ったとき、「来年の春で大学をやめるよ。これからはゆっく りできるので、また日光へでも行こう」、と楽しそうに語って いた彼が、それから4ヶ月後に急逝するとは思ってもみませ んでした。しかも驚いたことに、彼はこの書を脱稿して校正を 待つばかりにし、「あとがき」まで書いていたのです。その日 付は、亡くなる5日前でした。彼の性格をよく知る者として は、几帳面な彼のこと、そこまで用意周到に準備して亡くな ったのかと、つい思わざるを得なくなる思いでおります。むろ ん、そんなことはあり得るはずもありません。彼にしてみれば、 そこまで準備の進んでいた本書が遺作となってしまったこと は、さぞかし無念だったと思います。 題名から察せられるように、本書は江戸時代の川柳から秀作を 選び解説したもので、わたしの読んだ類書としては、早稲田の 教授だった暉峻康隆さんのものがあります。暉峻さんのほうは、 一般読者向けでしたから、たいへんくだけていて、読んでいて も、思わずくすりとするような解説でした。それに対し本書は、 著者の几帳面な性格を反映して、学者らしい矜持を保った解説 です。それでも、まじめな顔をして冗談をいう彼らしく、ハッ とするような内容でも、彼らしい語り口で品よくまとめている 点はさすがです。それに何よりも嬉しいのは、「閉める」という のはドアなどの開き戸に用い、障子のような引き戸を閉めるの は「たてる」と使うのが正しい、というように言葉の持つ本来 の使い方を随所で説明してくれていることです。いかにも教育 者らしい念の入れようです。 あとがきによれば、本書は、栃木県下の中学校の先生を対象に した古典を読む会のテキスト用にまとめられたようです。会の メンバーにしてみれば、彼の突然の死はまさに晴天の霹靂だっ たと思います。彼らにしても、無念の思いで一杯だったのでは ないでしょうか。告別式では、もう老年期に入った教育者とお ぼしき男の方の中でも、とめどない涙を抑える姿を多数見受け ましたが、彼の人望のつよかったことを改めて知りました。 故人には正四位瑞宝中綬賞が贈られました。
紅(べに)書房 の連絡先は 03−3983−3848 です。
一度、手にしてみませんか。
(平成20年 11月)

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