南都大安寺 後日譚 昨年1月のトピックで南都大安寺のことを紹介しましたが、ご記憶にありますか。記事のおかげで、「大安寺の収蔵庫で、天平期を代表するヒノキ一木造の仏像を目の前で拝めたときの感動はわすれません」とか、「まだ訪れていないので、こんど奈良へ行くときには、ぜひお寄りしたい」といった感想をメールでいただいた時には、ほんとうに嬉しく思ったものです。 今年になってから、大安寺河野良文貫主さまから2冊の興味深い本を送っていただきました。大和真奈さんがまとめた『僧力結集』、それと大安寺国際シンポジウム全記録『知らなかった! もっと知りたい、大安寺』です。 僧力結集 『僧力結集』は、奈良在住のフリーライター大和真奈さんが奈良の12寺院20名の僧侶に直接お会いして聞いた話、そして、用意した設問に答えていただいた内容を中心にまとめられています。本を出版しようという発端は、大和さんがそれまで聴いてきた法話があまりにも面白かったことに感銘したので、「明るく楽しく、そして心が救われるようなお話(法話)」を、やさしくメッセージとして読者に伝えたいという思いから企画したのだそうです。書かれた内容はまさに僧力(仏教の知識)が結集されたものとなっています。たとえば、大安寺貫主河野良文師の文章からは、現代社会がかかえる問題に対しての師の教えが学びとれます。とくに印象深いのは、仏教の基本理念としての「和」の大切さと、現代人には「少欲知足(欲を少なくし、足るを知ろうとする の意)の心が欠けているのではないか、と説かれている点です。大安寺というのは、奈良時代は仏教の総合大学的な存在でしたから、名前を挙げればびっくりするほど多くの名僧を輩出しています。良文師は、その中でとくに顕彰したい人として、大安寺伽藍を造営された道慈律師の名を挙げています。律師は在唐16年の僧で、日本が律令制度を取り入れて国家として認識し始めた時期に帰国し、国づくりの上で仏教の考え方の必要なことを朝廷に進言、国分寺の建立を進める思想的なバックボーンをもたらした僧だ、と説いています。このような法話が、20人もの僧侶から聴ける(?)わけですから、たいへん貴重な本だと申せます。さらに、僧侶に対する一問一答のコラムは、大和さんの問いに対してその場で答えていかれたのだと思いますが、それだけに、僧侶の本音が語られていると思われます。設問は、お一人お一人、微妙に内容が変えられていますが、「寺を表す、あるいはイメージする一文字は」、という問いだけが共通しており、なかなか面白いアイデアだと思います。ちなみに、大安寺の河野良文貫主さまの揮毫された1字は、安楽、安心、安らぎに通じる「安」でした。いかにも大安寺をイメージする1字です。選ばれた12寺院の簡単な紹介、20人の僧侶のプロフィールもあり、小冊のわりには中身の濃い好著だと思います。 もっと知りたい大安寺 『知らなかった!もっと知りたい、大安寺』は、昨年の11月7日に大安寺で開催された『仏教文化の源流 大安寺国際シンポジウム』の全記録です。じつは、わたしはこのシンポジウムのことは知りませんで、この本ではじめて知った次第です。本に目を通してみますと、これがじつにすばらしい本で、正直なところ、びっくりしました。 2部構成になっていて、第1部は「大安寺を掘る」という題で、同寺の歴史上果たした役割、大陸との関係、同寺に関わった高僧あるいは先人、そして長いこと続けられている発掘調査のことなどが、斯界の代表的な研究者によって分かりやすく書かれており、大安寺のことについて多少なりと知識を得てきたわたしにとっても、たいへん勉強になるのです。 第2部は「大安寺・日本の仏教と文化の源流」のタイトルで、3人の研究者の分かりやすいお話と、そのお三方による鼎談とでまとめられています。この第2部では、わたしは目からうろこが落ちる思いでした。なんと、3人の研究者はすべて女性、うちお二方はヨーロッパから来られているのです。むろん、女性が大安寺を研究してはいけない理由はなんらありませんが、 この種の研究といえば、薄暗い研究室でこつこつと古文書をあさっているか、終日土の中で埋蔵物と格闘している方というイメージがあったもので、つい意外に思ってしまったのです。ちなみに外国人のうち、フランスの研究者ヴェアシュアさんのテーマは「遣唐使と大安寺」、イタリアのミリオーレさんは「『日本霊異記』の中の大安寺説話」といったテーマで発表され、それがじつに分かりやすく書かれているのです。彼女たちが、どのようにして大安寺と結びついたのか、最初はわたしにはピンときませんでしたが、ヴェアシュアさんの場合、彼女はドイツのボン大学で遣唐使の研究をされており、卒業論文をまとめている際に日本へ留学し、大安寺を訪問した際に前貫主河野清晃師に勧められて1週間ほど同寺に泊まったことがきっかけのようです。なるほど、と合点がいきました。河野清晃前貫主は、永年にわたって日独親善文化交流に努められ、ドイツ(西独当時)から功労勲章大功労十字章(我が国の文化勲章に該当)を受賞されていた方ですから、フランス人とはいえ、ボン大学で研究生活をされていたヴェアシュアさんは大歓迎されたのではないでしょうか。さらにいえば、お二方が大安寺での国際シンポジウムに参加するにいたった経緯として、それ以前に東京の大東文化大学で開催された国際シンポジウムで研究発表のために来日されており、そのきっかけをつくられたのは、同大学教授の藏中しのぶ先生で、先生は大安寺の国際シンポジウムの中心人物として活動されたようです。 ちなみに先生が大安寺シンポジウムで発表されたテーマは「道慈律師と大安寺文化圏」で、このテーマは先生の博士論文の重要な構成要素の一つであり、先生と大安寺との結びつきの深いことをうかがわせるものがあります。 大東文化大シンポジウム パンフレット
先にわたしは、早稲田大学教授だった吉阪隆正先生の著作集を関東学院大学へ寄贈することを書きました(2011年5月号『吉阪隆正集』全17巻)。その著作集とは別に、貴重な書として、大安寺から寄贈されました『大安寺史・史料』、『南都大安寺論叢』がわたしの手元にありました。この書をわたしがただ手元おいておくよりは、藏中先生のような専門の研究者に活用していただこうと思い立ち、先生が先刻これらの書物をお持ちだということは知ってはいたのですが、お手紙を差し上げました。どこの誰とも知らぬ者からの手紙で、先生はたぶん一瞬、躊躇されたことと拝察しておりますが、喜んで活用させていただくむねの電話を頂戴しました。合わせて、大東文化大学の第3回国際シンポジウム「東西文化の融合」が11月6日に板橋高島平の大東文化会館ホールで開催されるとのご案内をいただきました。シンポジウムの雰囲気も味合いたいという思いから、この機会に本をお持ちすることにしました。わたしがはじめて大安寺を訪問した際に、天井までとどく本棚にぎっしりと本が詰まった部屋で、前貫主さまが、一学徒を相手に高野山大学での卒業論文『高野山根本大塔の研究』を手に、その要旨をやさしく説明してくださったことを懐かしく思い出し、せっかくの書を手放すことを、藏中先生のような研究者が活用されることで前貫主さまもお許しくださるだろう、と自分で勝手に思い込んで寄贈を考えた次第です。
以下は、注記としての記述です。
2. 12月22日(木)から明年1月10日(火)まで、「奈良まほろば館」(日本橋三越本店真ん前)で大安寺展が開催の予定です。 (2011年 12月) |
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