ドラムコーってなんだ

前号よりつづく)
いうまでもなく、わたし自身、音楽に関してはまったくの素人です。楽譜も読めませんし、耳もよくありませんので偉そうなことはいえません。そのことをよく知った上で、岡目八目的に敢えて申せば、吹奏楽の場合、演奏会での選曲にもう少し配慮があってもいいような気がしております。むかしと比較すれば、楽器の種類が豊富になり、演奏レベルも飛躍的に上達して、研鑽を十分積んだ、熟達の指導者も多くなっていますから、当然高度な難しい曲に挑戦したくなるのでしょう。しかし、それですと、どうしてもオーケストラとは比較すべくもないわけです。一方、吹奏楽ということで気軽に出かけた聴衆からすれば、そんな難しい曲ばかりではたまりません。主催側としては、その点に気を遣ってグラフィティ(一つのテーマを定め、軽い曲を集めて演奏するプログラム)を設けるようにしていますが、中には取って付けたような選曲もあるのです。中途半端な歌謡曲を選ぶなら、むしろスウィング的なサウンドのほうが吹奏楽には合うのではないでしょうか。いつだったか、横浜MM21のクイーンズサークルで東海大学付属高輪台高校の演奏を聴いたことがありますが、さすがスウィング演奏面では定評のある同校の吹奏楽、おもわず体がリズムに乗ってスウィングするのを感じたものでした。それと、わたしは古いタイプなのでしょうか、吹奏楽というと、どうしても軍楽隊の原点にもどってしまうのです。これはもう偏見なのですが、演奏会に行進曲的なものが入っていないと、なんとなく物足りなさを感じてしまいます。ところが最近の演奏会では、行進曲はアンコール用にとっておくだけの曲となっています。この点、わたしは大いに不満を感じています。へんな話ですが、わたしは、さしたる理由もなく、ユニフォームで統一された集団による行進・行進曲が大好き人間なのです。一方で戦争をこよなく憎み、絶対的な平和主義者であるにもかかわらず、昭和17年10月、そぼ降る秋雨の中、悲壮感ただよわす神宮外苑で挙行された学徒出陣式での学徒たちの堂々たる行進を見るにつけ、演奏されたルルーの『陸軍分列行進曲』には、いまなお涙が出るほど感動します。そのようなわけで、わたしは、吹奏楽団の有する特質の一面であるマーチング活動にこだわってしまうのです。たとえ室内での演奏会であっても、ステージ・マーチングの振り付けを取り入れるなどのパフォーマンスがあってもいいのでは、と思うのです。

昨年11月の末、本稿を書いていたとき、吹奏楽に嵌っていることを知ったアメリカ在住の娘から「12月にドラムコーの日本大会があるから観に行くといいよ」、というメールを受けました。ドラムコー?最初は何のことだか全くわかりませんでした。さっそくインターネットで調べてみましたら、12月5日(日)に新横浜の日産スタジアムで第18回DCJ(ドラムコージャパン)全日本選手権大会が開催されることがわかりました。ドラムコーというのはDrum Corps のことで、打楽器と金管楽器、それにフラッグやライフル銃(ライフルに形を模した模擬品)を手にするカラーガード(Color Guard 元々は軍隊用語で軍旗を奉じる衛兵隊のこと)から成る音楽隊のことです。大会では、演奏される音楽を、その芸術性とテクニックに加えて、視覚的な面からもとらえる高度なパフォーマンスのようで、ミュージックエフェクト、ビジュアルエフェクトなど8項目の審査基準にしたがって厳密に採点され、得点を競い合うようです。マーチングバンドとどう違うの、と問われても答えに窮してしまいますが、よくはわからないのですが、ドラムコーはマーチングの一形態ではあるけれど、元々が軍隊の鼓笛・信号隊から始まったという起源の違いから一線を画しているようです。とはいえ、特定の基準で審査されるとか年齢制限があるいう点を除けば、内容的には大きな違いはないのでしょう。アメリカでは、毎年全米選手権が、そして3年に一度は世界選手権も開かれ、数万人を収容するスタジアムを一杯にするほど、たいへんな人気のようです。娘も2007年にパサデナで行われた大会を観たそうで、その感激からわたしにも観るようにメールしてきたのでしょう。

12月に入っても幸い暖かい日がつづきましたが、5日の日曜日にわたしは新横浜の日産スタジアムへ行きました。開場は10:45、開演は11:30頃からと発表されていました。ドラムコーを観るなんて、むろん、生まれてはじめてのことであり、そもそも、このスタジアムの中へ入るのも初めての経験でした。特設会場はグラウンドの五分の一ほどの広さを使用、開放された観客席は、7万人を収容するスタジアムのごく一部、せいぜい4000席ていどではなかったかと思います。スポンサーといえば、楽器メーカーや衣装・シューズ関連の店など10社ほど、それも中小規模の会社ですから華やかな飾りつけなど一切なく、大会本部も一張りのテントという寂しさで、会場の設営全体もせいぜい学校の運動会並み、日本ではまだまだマイナーな催しだ、という印象でした。その寂しさを吹き飛ばしてくれたのが、出演したグループの演奏演技と大きな声で声援を送った観客席の盛り上がりでした。
出演グループは、エニーキー部門5グループ、ドラムコー部門8グループの計13グループでした。ドラムコー部門は編成人数(70名を境に)の違いでさらにディビジョン?と?とに分かれ、大編成のディビジョン?はわずか2グループの参加でした。部門の違いについてずいぶん聞きまわったのですが、ようやく事情に詳しそうなスタッフの一人が教えてくれました。それによりますと、ドラムコーに参加するための条件は、G基調のラッパ使用ということで、そうでない場合はエニーキー(any key)での参加となるようです。見た目には楽器に差があるわけではないのですが、G基調のラッパだとドレミファとハ調を吹いても、実際にはソラシドとト調の音しか出せないそうで、そのぶん演奏が難しくなるのだそうです。わたしごとき耳では、見た目にはむろん、音の差も区別のつくはずがなく、最初から最後まで、カラーガードの演技を含めて、すべてのグループの演奏を楽しむことが出来ました。1グループあたり15分から20分で、すべての演奏が終わったのは4時近く。この季節、午後の1時半ともなれば、いかに好天気だったとはいえ、陽はスタンドの影に入ってしまい急に寒くなりましたが、最後までスタンドの興奮は冷めやらず、熱気を帯びたままでした。

G基調の楽器に縛られないためからか、エニーキー部門に出演のグループの多くは在学生たちのようでした。びっくりしたのは、藤沢市の小学生たちのグループ「湘南ドルフィンズ・マーチングバンド」でした。小学低学年の生徒さんでしょうか、自分の体の何分の一かが隠れてしまうようなドラムを腰に、指揮者に合わせ、けなげにもスティックを打ち、マーチングする姿には感動しました。この部門での優勝は神奈川県立湘南台高校吹奏楽部でした。前号で、桜丘高校吹奏楽部の演奏に感激して吹奏楽に嵌ったことを書きましたが、湘南台高校の演奏演技にも、別の意味で脱帽でした。この高校も部員数は120名を超えるそうで、カラーガードだけでも30名、残りの約90名は青色のユニフォームを颯爽と身につけ、スペインをモチーフにした曲の演奏は迫力に満ち、一糸乱れぬマーチングも見事なものでした。ドラムコー・ディビジョン?に参加した6グループはほとんどが40から50名ていどの編成で、人数が少ないためパーカッションの演奏担当者などはめまぐるしく動き回っていました。優勝は京都市から来たジョーカーズ(Jokers)でした。全員黄色のジャケット姿、すごく場馴れした感じのグループで、演奏にも自信を持っており、鼓隊グループの中に3名のシンバルが入り、人数の割に迫力のある演奏でした。何よりも、マーチングするときの足の動きがすべるように運ばれ、上体や楽器がほとんどゆれないのです。わたしは、ミュージカル「コーラスライン」の一場面を観ているようなうっとりした気分に浸ることができました。ディビジョン?部門へ参加した2グループは、ともに横浜市の120名という大編成グループです。日本を代表するドラムコーで、毎年優勝を競い合っており、今年の優勝はTHE YOKOHAMA SCOUTS 、昨年の雪辱だったそうです。演奏はむろん、カラーガードの演技一つをとっても非の打ち所がないほどで、見事としかいいようのない迫真の演奏演技だったと思います。このグループは、2007年のDJIのパサデナ大会へ出場し、昨年5月の上海万博にも招待されたようで、実力あるコーなのでしょう。しかし、かつては数グループあったといわれる大編成コーも現在は2グループだけという衰退振りで、アメリカでのこの世界の盛況を考えると寂しい、とは無知なわたしにいろいろ教えてくれたスタッフの言でした。
いずれにしてもドラムコーは、いかにもアメリカ的な華やかなイベントであり、観ていてほんとうに楽しいものでしたが、そのいき方としては吹奏楽とは別個のものと考える必要があると思います。楽器の種類にしても、同じ金管楽器でも使用できるのはトランペット、ホーン、ユーフォニアム、チューバなどに限られますから、その他の金管や木管楽器が入る吹奏楽には、音の多様性という点でかなわないことになります。その反面、カラーガードの演技、それにマーチングが入ることでビジュアル面での楽しみがあるわけですから、吹奏楽とドラムコーとはどちらがいいとか、わるいと比較すべきではなく、双方それぞれに楽しめばよいということではないでしょうか。昨年、その双方を楽しんだわたしとしては、今年も、機会をとらえては足を運びたいと念じております。

(2011年 1月)

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