石井正紀


	機内誌あれこれ（２）１）日本へ乗り入れている会社：（前号からつづく）・ヨーロッパ atlas 国際線に乗るようになった頃、エールフランスはパンナムとともに憧れの航空会社でした。南米へ行くようになって、最初のうちはパンナムでアラスカ経由ニューヨークへ行き、そこからはブラニフかコロンビア国営のアヴィアンカ航空によるアクセスでした。ところがどういうわけか、翌年はエールフランスでタヒチ経由ペルーのリマに入ることになりました。はじめて同機に搭乗したときは、以前書いたことのあるように、機内食にキャビアが添えられていて、ずいぶんリッチな気分になったものでした。同機にはその後も70年代後半から20年ほどの間、ずいぶん搭乗の機会がありました。サウジアラビアのジェッダ入りも、はじめての時はパリからのエールフランスで、カイロ経由でした。もっとも路線のお国柄か客層がまるで異なり、巡礼たちの異臭につつまれたなんとも気乗りのしないものでしたが……。古い時期の雑誌は処分してしまいしたが、雑誌名は一貫して“atlas”（ゼウスと戦った巨人で、地球儀をかかげた像で知られる）です。さすがにエールフランス航空の雑誌、紙質もよく、写真も鮮やかな豪華なものですが、フランス文に英文の説明をほんのわずか添えたていど、結局は写真を楽しむだけの雑誌だという点は、残念なことでした。もっとも、そこはエールフランス、季刊ですが日本文の機内誌”Bon Voyage”を出していました。国際線としては数少ない日本文の機内誌の中でも、おそらく一番古いのではないでしょうか。“atlas”も豪華版ですが、”Bon Voyage”の方も、なかなかなものです。手元に残しているのは、96年春季号（№70）ですが、この号の目玉はフランス東部のフランシュコンテ地方の特集で、同地方を豊富な写真で案内しており、その他でも、フランス国内の著名な美術館の代表的な絵画あるいは陶器類の説明なども載せていた点、さすが美術の国フランスの航空会社です。 Magazin ヨーロッパの航空会社でエールフランスを挙げれば、その対抗馬はルフトハンザということになるのでしょうか。この会社にも、70年代以降30年近く、よく利用しました。とくに1998年から翌年末まで、アルジェとの間を数回行き来した際、成田－フランクフルト－チュニス間は同社利用と義務付けられましたので、たまには他社の機に乗ってみたいと思ったほどでした。雑誌の題名は、手元に残した雑誌から判断すれば、97年11月にスペインからの帰りにフランクフルトまで乗った際は”Bordbuch”で、内容もドイツ文と英文の記事とが併用となっています。それに対して98年以降表装がモダーンな感じになり、名前も “Magazin”に変わっています。内容もドイツ文と、英文とが併記されるようになりました。これが路線の違いなのか、あるいは表装を一新したのかわかりませんが、わたしは後者だと思っています。記事の数は多くはありませんが、いかにもドイツの会社らしく手堅いもので、ざっと書き上げても、北部イタリアのベローナ（『ロミオとジュリエット』の町としての方が有名かも？）の、ローマ時代の円形劇場で毎年夏に演じられる歌劇の紹介、サンフランシスコ案内、車窓から見るスコットランドの田園風景などで、とくにわたしが魅了されたのは、99年5月号の中東・ヨルダンのペトロ遺跡（世界遺産）の案内記事です。ぜひ行きたいと思っていた所ですが、もう行くチャンスはないと思うだけに、岩肌はむろんのこと、岩をくり抜いた鑿（のみ）の跡までが鮮明に写し出された写真はすばらしく、中東砂漠特有のかわいた砂のにおいとは異なり、灼熱の太陽をさえぎった、多少の湿気を含んだ砂のにおいが紙面から伝わるようで、陶然とする思いになったものです。なお、その記事の著者はヨルダン・フセイン王（故人）の王女であるハヤ・ビン・アル‐フセインだと紹介されていましたが、さすが大会社ルフトハンザ・ドイツ航空だな、と感じ入った次第です。・アメリカ前号ですでにふれましたが、かつて太平洋航空路線を席巻していたアメリカの航空会社2社のうちパンナムは消滅し、もう1社ノースウエストもデルタ航空に吸収されてしまい、代って現在日本の空へ飛んできているのは、世界の航空会社トップ3のデルタ、アメリカン、ユナイテッドの3社となっています。この中では、デルタ、アメリカンへは乗る機会があまりなく、また両社の機内誌とも、どちらかといえば宣伝色がつよく、紹介するほどの内容はないので、ユナイテッド航空について紹介いたします。 Vis-à-vis ユナイテッド航空は、渡米の際にも、そしてアメリカ国内での移動の際にもよく使った便です。手元に残した機内誌をたどってみますと、1981年5月号での雑誌名は”United Mainliner”で、このころの雑誌がいちばん充実していたような気がしています。この誌でのメイン・トピックは、わたしのウェブサイトで紹介したことのあるアメリカ・パサデナのノートンサイモン美術館（バックナンバー2010年3月号参照）について、James Spadaという方のかなり長文の寄稿文が同館の代表作数点とともに掲載されていることです。わたしが同館を訪問した時期とちょうど同じで、前後の関係はもう記憶していませんが、もしかしたら、この記事が同館を知ったきっかけだったのかも知れません。1986年に利用した際は、雑誌名は”UNITED”と変わっていましたが、これといった目玉になるような記事はなくなっており、ごく平凡な機内誌に変じておりました。 1988年、トピック前々号でご紹介した病院の仕事の関係で、アメリカの病院見学のために、わたしがはじめてツアーというものに参加した際は、企画した旅行社の関係なのか移動の多くがユナイテッド航空でしたが、この際には誌名が” Vis-à-vis”と変わっていました。もっとも、通常の機内誌では航空路のマップとか機内案内が記載されていますが、同誌はそうしたものを切り離して月刊誌として独立させていました。それだけに機内誌の記事は充実しており、毎号いずれかの都市あるいは観光地を特集として扱い、かつ雑誌名”Vis-à-vis”(face-to-faceの意)にちなんで各界の著名人10名ほどの紹介をしております。都市の特集では1990年5月号で紹介されていた、ドイツ・フランクフルトの、表には目立たない同市の裏の表情が印象に残っており、人物では1988年4月号で小錦関、5月号ではヴァイオリニストの五嶋みどりさんが紹介されていました。それにしても、アメリカ航空業界の厳しさの中、そして、かつてのパンナムのように、個性豊かなすばらしい機内誌が姿を消していった中で、” Vis-à-vis ”が生き残っていたということは嬉しい限りでした。ユナイテッド航空の機内誌名は現在”UA Leader’s Review”に変わっていると耳にしましたが、最近はマイレージの関係でアメリカへ行く際は全日空にしており、確認するチャンスがなくなってしまいました。その全日空すら乗る機会が年々なくなってきていること、淋しいかぎりです。２）日本へ乗り入れていない会社： Ahlan Wasahlan 1970年代後半から80年代にかけて、仕事の関係でサウジアラビア、そしてアラブ首長国連邦へはよく出かけましたので、当然のようにサウジアラビアの国営サウディア航空、バーレーンのガルフ航空にはよく乗りました。当時のサウジアラビアは第2次五カ年計画のまっただ中で、国を挙げて国際社会に対して国威向上を図っていたときでした。サウディア航空に対しても、単に国営の会社ということにとどまらせず、サウジアラビア王国の国際社会に対する広報を担当しているぐらいの意気込みを持たせており、社長としてアラムコ社（サウジ・アメリカ合弁の石油会社で、当時はサウジを代表する会社だった）の人事部門の役員だったY.A.Balkhair氏を迎え入れました。氏はサウジアラビア国内でも有数の写真通であり、自身イギリス留学中に何本かの映画を撮っているほどで、国内随一と称されていた写真家のKhalid Khidrを広報部長に迎えて、機内誌” Ahlan Wasahlan”（アラビア語でwelcomの意）を発刊しました。それほど力を入れた機内誌ですから、とにかく表紙を含め誌中に収められた写真の美しさは抜群だといえます。判も通常の機内誌より大きく、それが2ページにわたっての写真ともなれば、その迫力たるやすごいものがありました。英語・アラビア語が約半々ですが、アラビア語の記事でも、写真を見るだけでも楽しく、わたしの大好きな機内誌の一つでした。 in flight “in flight”は中欧スロバキアのスロバキア航空の機内誌名です。国際線には違いありませんが、主要な都市としてはモスクワとベルギーのブリュッセルだけ、あとは東欧の2、3の都市、地中海・エーゲ海の島々とを結んでいるローカルな航空会社です。そのような小会社をあえて選びましたのは、機内誌発刊の目的は、機中で過ごす乗客を少しでもリラックスしてもらうよう楽しい雑誌を機中に備えて読んでもらう、そんなところにあるのではないか、と思ったからです。それがサービスだと思うのです。会社の大小ではありません。その点で、小さな会社、しかも季刊ながら、“in flight”は装丁、紙質も申し分なく、何よりも内容がよくまとまっていて、しかも楽しいのです。記事としては都市や観光スポットの案内が多く、手元（とはいっても1回乗っただけですが）の雑誌では、おひざ元のブラチスラバ（スロバキアの首都）、隣国プラハ、そして路線先のロードス島の案内に加えて、はるか遠い南米チリのパタゴニアのトレッキング記録など、美しい写真を添えて編集されています。2度とお目にかかれる雑誌ではありませんが、いまなお続いていることを願っています。 1990年代後半あたりからでしょうか、世界の航空会社はスカイ・アライアンス（航空連合）を結ぶようになり、ご存知のように、現在は三つのアライアンスができています。結局、航空緩和の流れ、競争激化への対応からですから、コスト削減とか搭乗率の向上など、航空会社に有利な流れだと思います。在米中の娘などは、年に最低2度は太平洋を行き来していますので、とうぜんこの傾向をよく体験しているわけです。彼女に言わせれば、「自分がANAで予約し、けっこう空いていると思っていたら、コードシェア便の関係でUAやOZでの予約客（料金は安いのでは？）で満席だった」と、よく不満をもらしています。いいことがあるとしたら、空席のあった場合、あるいは予約済にもかかわらず満席だった場合の対応が、多少有利になる点でしょうか。「今回はビジネスにしてくれたわ」、とたまにはご満悦のこともありますが、そんなことはめったにありません。わたしの懸念は、スカイ・アライアンスの結果、それが機内誌に何らかの影響をもたらすのではないか、ということです。とくに、乗り合いであるコードシェア便の場合、だんだん質が落ちてくるのではないでしょうか。それと、いま話題の格安航空会社（LCC）の台頭です。さいわい、現時点ではLCCも機内誌は出されているようで、機内誌は航空会社のPRの一環でもあるわけですから、多分なくならないのではないでしょうか。一度手にしてみたいと思いますが、さてそのようなチャンスがあるものかどうか、楽しみにしたいと思っています（2012年9月）ホームに戻る前の月の履歴を読む次の月の履歴を読む